*プラスティック論争
2009年10月30日(金曜日)
★プラスティック論争
8月4日 (土) 超ド快晴 30℃ 10日目
のんびりと涙を浮かべてうなだれている訳にもいかず、ユースホステルに荷物はおいたままにして、8時半、XTを押して出掛けた。そう大きな町ではないが、これでも冬か、と思えるほどの暑さのなか重いXT600を押して歩くとなると大変だ。しかし、これ以上乗ってマシンのダメージを大きくすることは出来ない。外から見ただけでも、金属粉がいっぱいホイールに飛び散っている。
どうなることやら、と思っていたが、やっぱり探してみるもんだ。2軒目のパーツショップで、モーターサイクルショップがあると聞いた。道順を教えてもらい、また1キロほど押し歩く。
「あったー」
『TABLE-LAND SMASH』と店の名が板にペンキで書いてある。解体されかかったポンコツ自動車がいっぱい並んでいる店のさらに奥に、2ヵ月前に始めたというバイクの修理専門店はあった。いや修理工場といった方が正しいか。新車などもちろんおいてなく、油のついてないものはない、といった具合だが、俺にはそれで十分だった。
「後輪をやってしまった。診てもらえないだろうか」
状態を説明すると、背の高いオーナーが、やっていた仕事を中断して、すぐにみてくれる。彼は一言も喋らないが、こちらの言うことにはきちんとうなづいてくれる。リアタイアをはずすと、やはりベアリングが焼き付いていた。予想以上にあちこち擦り切れてひどい状態だ。が、何とかなりそうな、いや、してくれそうな気配。しかし肝心のベアリングが、このサイズに合ったものがないとのこと。慎重にサイズを測って、先程のパーツショップへ車で出掛けてくれる。
もし適合するパーツがなかったら、ダーウィンかアリススプリングスあたりから取り寄せることになるだろう。そうなると、よくて2~3日、悪くすれば1週間はここで滞在しなけりゃならない。日数にゆとりのない俺としては、先の計画が不安になる。彼が分解していたエンジンのそばに腰を下ろし、タバコに火を付けて大きく吸い込んでゆっくり吐き出した。焦っても仕方がない。その時はその時。別の面白いことでも見つけるか。工場の中をあちこち見渡しながら、そんなことを考えていた。
10分後、彼が帰ってきた。車から降りると、親指を立ててウィンクしてくれた。もう目茶苦茶うれしかった。すぐ作業に取り掛かってくれる。
それから約1時間。立派に出来上がった。全部で90ドル(約10.800円)。予備にと思って隠し持っていた100ドル札が役に立った。財布の中にはもう70~80ドルしか残っていなかったのだ。
つぎつぎとバイクを持ち込んでくる者がいて、ずっと作業を眺めていたので、帰り際記念撮影をすることにした。そのロフティー(背が高いという意味)という名のオーナーは(もっとも使用人はなく、事務もメカニックも兼任だったが)
「服が汚れているので」
と言ってわざわざ別のに着替えてくれた。内陸に住むオージーに対するイメージが、この素朴さでアップしたのはもちろんである。
それにしてもラッキーだった。これで計画通り旅を続けて行くことができる。口元の筋肉が自然と両側ともつりあがってくる。再び走れるようになった相棒に乗り、町の裏通りの広い道に出ると、我慢出来ずアクセルを乱暴に開けた。前輪が少し浮くのを押さえ付けながら、急加速していく。昨日の欲求不満が一気に解消されるほどの爽快感。
小躍りしたい気分でYHに戻ってきたのが11時過ぎ。昼に出発すれば、500km南のアリススプリングスには、夕方までには着けるはずだった。が、やめとこう。これも何かのタイミングだ。今日は休日にしよう。すごくいい天気だったし、この際バイクの手入れでもしておくか、と部屋の前まで運んで、時間を楽しみながらやった。前の芝生で昼寝をする者、音楽をかけてトランプに興じる者、いいにおいをさせながら昼食を作る者、みんな思い思いのことをやっていて、ここでは時間が随分ゆっくり流れている気がした。
午後は日本のツーリングクラブ、ウィンディー・ドリームの機関紙『風のたより』への原稿を書き、はがきを数枚書いているうちに陽が落ちた。今日は日本人の宿泊客が多い。俺を含め4名もいる。
深夜までニュージーランドのジム、ディオン、マネージャーでイギリス人のティム、同じくダニエル、名前は忘れたがその他の国の人も、ニッポン人の山村まどかさん、上田朋寿さん、大麻耕平さん、そして俺もみんなで安いワインを飲みながら、えらく盛り上がった。もうここに住みついてしまっている髭もじゃのプロレスラーみたいなジムと大激論。
「スーパーでくれるビニール袋を、この国ではプラスティック袋と言うが、あれはどうしてだ」
俺が、そういったことから始まった。
「何も不思議なことではない。あれはプラスティックだ」
と言うジム。
「いいや、ああいう薄い袋は、ビニールと言う。プラスティックとはこういうカードみたいな固いものを言うんだ」
と、キャッシュカードを見せるが、彼は手に持っていた袋を指しながら、
「これはそれを薄くしたもので、材質が同じだからプラスティックだ」
と言う。さらにジュースの缶を持って、
「これを鉄だとは言わないのか、溶かせば薄かろうが厚かろうが同じだ」
とたたみかけてくる。こうなったらもう引けない。
「日本では、同じものでも厚さや薄さ、大きさで呼び方を変えるんだ。ぶりという魚は成長するに従って、呼び方が変わる。小さい時は、つばすとか、はまちと呼ばれる。こう言う繊細な感覚があるのが日本文化だ」
酒の勢いも手伝って、急造した文化論まで登場し、この議論は延々と続いた。最後には、とにかく日本ではこれはビニールと呼ぶのが正しい、と言い続けたが、理論的には彼のほうが正しかったのだろう。多分。ビニールもプラスティックもナイロンもポリエステルも皆石油から作るぐらいの知識はあったが、それ以上の深い認識は持っていなかった。呼び方に何の疑問も持っていなかったし、こんなこと恥ずかしながら考えたこともなかった。
彼はロードトレインの運転手。ぶっ飛んでいる生活をしているように思っていたが、タバコとシガレットの違いとか、英語の色々な面白い話も聞かせてくれて、彼はここですっかり俺の先生になってくれた。彼から受けた影響は大きかった。俺もこういう熱く燃える寺子屋みたいな塾にしていきたいものだ。
気が付くと夜はすっかり更けていた。消灯?そんなものはここにはなかった。自分の使った部屋を掃除する以外、ほとんど規則などないとも言えるようなこのユースはまさに自由の楽園。常宿している人達もお固い人はいない。しかし、午前2時から閉店前のクラブに飲みにいくようなツアーには、さすがに参加せず、寝ることにした。明日はアリススプリングス。そして明後日はいよいよ夢にまで見たエアーズロックだ。
テナントクリークYH連泊(7$)
本日の走行 ごくごく わ・ず・か
…次回「ドジ2連発」へ続きます