オーストラリア紀行 *自らの愚問に…
2011年05月02日(月曜日)
自らの愚問に笑う
8月27日(月)晴れ・強風 32日目
ベッドにシュラフ(寝袋)を持ち込んでいたので、暖かく快眠できた。昨夜外は大雨だったらしく、建物の外は水浸し。久し振りにベッドで寝られたし、大正解といったところか。ドイツの彼女が七時過ぎにスタートした。普段はなかなか書けない葉書を日本に向けて数枚書く。落ち着いた時間。ゆっくりと準備をした。
天気は西から変わる。今朝の西の空はほとんど雲はなく、東のほうへ移動している雲の後を追い掛けることになった。二〇数キロ走って、ドイツの自転車ねえちゃんに追い付いた。記念撮影する。名前は、イングリッド・ボン。年は知らないが、ペインティングの仕事をしていて、三カ月の休暇を取って来ているとのこと。これくらいの休暇は大丈夫だと言う。勤務体制にも余裕があるもんだ。
「なぜ自転車でこんなところを走る気になったのか。女一人でブッシュキャンプもしなけりゃならないだろう」
と聞いてみる。彼女の答えは単純だった。
「サイクリングが好きだからよ。あなたはなぜモーターサイクルで走っているの?なぜ車にしなかったの?」
と、逆に突っ込まれてしまった。愚問だった、と思った。笑い返すしかなかった。
直接は関係ないことだが、どこかで聞いた言葉を思い出した。
「普通の人があまり行かないような所を旅しているのは、たいてい日本人かドイツ人だ」
人の話だけで確証はないが、それって、ひょっとして本当なのかな?経済的なこともあるのだろうが、民族性がそうさせるのかも知れないな。
古い時代のオーストラリアが残っていると、昨夜ペニーじいちゃんに教えてもらったセデューナという町に、昼過ぎに着いた。その言葉通り素敵な町だった。緑が溢れていてとても落ちつける町なのだ。緑色の南氷洋も海岸近くは、白い波が一定のリズムで押しては返している。
再びアウトバックへと入っていくため、この町では出来ることは全てやっておくことにした。郵便局と銀行。ぺトロ・スタンドで給油、オイル交換、エアフィルターの洗浄。もちろん全て自分でやった。マーケットで食料と酒を調達して、この町を発った。
しばらく走ってウィルラという小さな町でエアHWY(一号線)を離れ、北へ進む。スチュアートHWYへの近道のため、ここからは約三〇〇㎞のオフロードを走ることにしていた。しかし、フロントのサスペンションは例によって自転車並みで、重い荷物のため、あまりスピードは出せない。ここは本当に荒野だ。岩場や枯れた湖があちこちにあり、土埃にまみれた草地が広がっている。
岩場の陰から何かが飛び出してきた。斜め前を同じ方向に走っていく。エミューだ。飛べない鳥ではダチョウに次いで大きいこの鳥が、必至に逃げる格好は可哀想でもあったが、後ろから眺めていて滑稽だった。
三時にウィルラを出たので、日没までにはスチュアートHWYに出られるのかなと思っていたら、とんだ誤算。日没時には、まだ一〇〇㎞を残したところで、のんびりと記念撮影をしていた。
日が暮れてからのロードはもう大変。カンガルーさんやら羊さん、うさぎさんがどこから出てくるのかと思うほどいっぱいだ。特に羊さんなどは、大群で道の真ん中でたむろしている。アクセルを空ぶかししながら近付くと、一目散に前方に逃げていくので、もうほこりだらけ。前も見えない。おまけに明るいうちはそうでもなかったのに、前輪が砂にとられ、危うく転倒しかけたことが何度もあった。こんな荒野の中だから、家もない、当然明かりもなく辺りは真っ暗。通る車も一台もなく、ちょいとスリルのある走行だった。
八時前、やっとスチュアートHWY沿いにあるグレンダンボーという小さな町に出る。給油して、町から少し離れたトラックのパーキングエリアの片隅にテントを張る。トラックも車も全く無し。風が強く、テントが飛ばされそうなくらいだ。飯を炊きながら日記を付ける。
本日の出費 54・37ドル
グレンダンボー・トラックパーキング泊(タダ)
本日の走行 Nundroo~ Glendambo 544・4㎞
・・・ 次回「ヤバイ!走る避雷針」に続きます