*どういたしまして…
2009年09月07日(月曜日)
★どういたしまして(WELCOME)?
7月30日 (月) Rainy Day 5日目
目が覚めて最初に聞いた音が雨音。しかもかなり激しい降り方だ。つい2日前に降ったばかりなのに、まいった。しばらく、ここで1日過ごすか、と思いながら荷物を整理したり地図を見ながら迷っていた。滞在の理由はいくらでもある。チューブやタイヤ、プラグレンチなど、この町では手に入れやすい物がいっぱいあるからだ。ラジオも欲しかったし。でもこんなことを続けていては、いつも言い訳ばかりの旅になってしまう。暖かい北へ向かうのに、まだこんな弱気ではこの旅はとうてい完成できない。
「よし行くぞ」
と意を決したのは10時前。昨夜遅くまで話した群馬の小田裕明君(バスで3ヵ月かけて一周中の学生)と、京都の不動産会社から調査員として派遣されている西垣義嗣氏(26歳)に送られて雨の中へ飛び出した。レインウェアの初使用日だ。
ルート1・ブルースHWYを一路北へ。目的地は、西垣氏から聞いた南回帰線の通る町、ロックハンプトン。650km北。この雨の中、ちょっと遠いが行けるところまで行くしかない。スリップに気をつけながらの走行が続く。
220km程走った小さな町の店(食料品の売店とゲーム機やレンタルビデオがおいてある開拓時代のような喫茶店)で朝食兼昼食兼休憩をとることにする。2時間以上無休憩で来たので、手はすっかりかじかんでしまい、トイレでの用足しも思うように手が動かない有様だ。かろうじて間に合ったが、危ういとこだった。その店でクリームパン3個とハムを2.9ドルで買った。安い。
「ドリンクは?」
「いらない」
そう答えると、濃い小麦色の肌をしたそのお姉さんは、ちょっと経ってから、
「これは私のおごり」
とコーヒーを入れてくれた。ハムにもサンドイッチ用のパンを2組、バター付で出してくれた。俺は用足しが近くなるから飲みものを頼まなかっただけなのだが、このみすぼらしい格好を見て、気の毒に思ってくれたのに違いない。このやさしい勘違いと親切は、雨で窮屈になっていた俺の心をすっかり和ませてくれた。本当の理由など説明する必要はない。ありがたく情けを受けた。
さらに260kmほど走って給油。19km/リットルのアベレージだ。タバコを1本吸い、また走り始める。ロックハンプトンまではあと170km。1時間半あれば着くだろう。この頃になって、ようやく雨の地域を通り過ぎたみたいだ。濡れた手袋も、いつの間にか乾いてしまっている。
120~130km/hでの走行が続く。後の荷物は、日本から持ってきた強力ナイロン袋に入って守られているが、衣服は濡れてしまっている。レインウェアの首や裾から雨が入り込んでいたようだ。胸元のボタンをはずし、風を通して乾かしてやる。だが寒さは感じない。
「そうかー、ここは北半球で言えば、台湾あたりだからそう不思議でもないか」
などと考えながら、ずいぶん上ってきたことを実感する。
7時、ロックハンプトンに到着。XXXX(フォーエックス)というビールの看板が出ている店で、そのビールを2缶買う。ついでにYHの場所を聞いた。
YHに着き、レセプション(受付)に行くと、ホステル・マネージャーが、
「どういたしまして」
と日本語で挨拶する。
「ん?何やそれは?」
サーファーズ・パラダイスでは、店の入り口に『どういたしまして』と日本語で書いてあると、昨日梅沢君達から聞いたが、ここでもか。どうもWELCOMEの訳し違いらしい。奇妙な日本語に思わずおせっかいをやきそうになりながらも、慣れない日本語で歓迎してくれた心遣いに、俺も笑顔で応え、
「こんばんはー」
と日本語で返した。最初に案内された部屋は、ベッドの下段がすでに詰まっており、そのことを言うと、
「ちょっと待ってくれ」
と言って食堂の隣のまだ誰も入っていない部屋へ通してくれた。疲れている時は、できればベッドの上段には寝たくない。マネージャー(ワーデンと言うらしいが)のヴィンスに感謝。濡れた衣類を脱ぎ、シャワーを浴びた。作務衣に着替え、くつろいだ気分になって、部屋に帰り素早くビールの栓を開ける。ここは酒を飲んでもいいのかどうか分からない。でも隠れて飲むビールの味も、又格別なものがある。
庭に1人の日本人女性がいた。大津出身の山下喜代美さん。ゴールドコーストでツアーガイドをやりながら、今は旅をしているとのこと。今夜の長距離バスで南へ帰るとか。
「そういえばシドニーのYHで会った姫路の吉川じゅんちゃんもサーファーズ・パラダイスでツアーガイドをすると言っていたなぁ」
ワーキングホリデービザで来る女性に人気が高い仕事らしい。話しているとヴィンスが1枚のコピーを持ってやってきた。
「これを読んでくれないか」
見ると日本語だ。ゆっくりと読みながら、ついでに英訳も付け加えた。
「ん、どこかで読んだことが…」
と思って俺の持ってきたガイドブックをめくると、
「あった、あった」
JTBの『自遊自在』に載っていたのだった。
「あぁ、ここのことだったのか」
来てみたいとは思っていたが、よくは覚えてなかったのだ。そうと分かれば、是非とも正しい日本語を覚えてもらわねばならない。人を迎えるときは、『ようこそ』だと自信を持って教えた。
それを聞いて彼は何度も練習する。
「よこそ。よこそ」
「ちょっと違うなぁ。よ・う・こ・そ」
「よ・こ・そ」
「あーっと、じゃ『よ』を強く言ってみてよ」
「よーこそ」
「OK。エクサラント!」
すっかりいい気持ちになってしまった。
ヴィンスは車で山下さんをバスターミナルまで送ってきた後、俺を誘ってくれた。
「ヒロ、君や日本の話を聞かせてくれないか」
「もちろん、喜んで」
奥さんとのプライベートの部屋(兼事務所)に俺を通してくれ、ビールを出してくれた。これはヴィクトリア・ビター(通称VB)で結構俺好みの味がするやつだ。今度は堂々と飲んでもいいのだ。さっきのことを思い出しておかしくなった。
旅に出るまでのことやこれからのことを話した。
「君はブレイブ(勇者)だ」
との言葉には、正直嬉しくもあり、またちょっと恥ずかしくもあった。お互いの家族のことを話している内、心理学や催眠のことに話がいく。
「ヒロ、それを体験することが出来るか?」
ヴィンスがそう聞いてくる。彼も奥さんも肩をすくめながらも、興味津々といった顔付き。
「オーライ。じゃ簡単なものをやりましょう」
ヴィンスに自然体で立ってもらい、俺はその横に彼のほうに向かって立った。
「静かに目を閉じて、体から力を抜いてリラックスして」
そう言って、彼の左肩の上に両掌をかざし、ゆっくりと腕を伝って指先まで手を下ろした。彼の腕は3cm位も伸びて、左肩がずいぶん下がっている。真剣に見つめていたデニスの目が、大きく見開かれた。
「どういう感じがしますか?」
「すごく不思議な気持ちだ。すごくハイな気持ちになっている。君達がずいぶん下の方にいるようだ。まるで巨人になったような感じがする。すごく気持ちがいい」
彼は目を閉じたまま、ゆっくりと思い付くままを言ってくれた。右側の肩も、同じことをやって感じを聞いた。さっきの感じがさらに進んだとのことだった。彼の感性の鋭さに恐れ入った。普段の自分をきちんと観察していないと、ここまでのフィードバックはそう簡単に出来るものではない。
1時間ほどして、日記を書くからとその場を辞した。もちろん入るとき同様、出るときも日本式のお辞儀をする。それをヴィンスは、たいそう気に入ってくれた。
ヴィンスは、ガイドブックに書いてあった通り、大きな声で挨拶してくれるのが、本当に印象に残った。ハッピーな夜をありがとう。雨中走行は楽ではなかったが、いい出会いがあって、ほのぼのとする思い出を作ることが出来た。やってきた甲斐があった。空には一面の星、星、星。こんなに大きく沢山見えるのは、やはり空気が澄んでいるせいなのか。2年前、アメリカ西海岸の心理学研究所・エサレンにいる時も、太平洋の水平線の彼方まで続く銀河と超雄大な星空が眺められたが、ここはそれに勝るとも劣らない。日本で冬に見えるオリオン座は、オーストラリアでも冬の星座だった。三ツ星がまばゆくまたたいている。
ロックハンプトンYH泊(9$)
本日の走行 Brisbane ~ Rockhampton 656.7km
・・・次回「スペシャルベッド」へ続きます