*宿は予約なしに…
★ 宿は予約なしに限る
7月28日 (土) 快晴 7℃~18℃ 風冷たし 3日目
夜半トイレに起きた。雨は上がっている。空にはもう星が出ていた。このまま晴れてくれれば、明日は今日の分まで走れそうだ。
朝、7時半起床。快晴だ。昨日せっかくレインウェアを買ったのに、と贅沢なことを思いつつ、この絶好のツーリング日和に頬も緩む。
今日の目的地はオーストラリア本土最東端の町、バイロン・ベイ。昨日1日雨にうたれていた愛車、XT600のエンジンをかける。キック1発!といきたいところだが、一体何回足を踏み下ろしたことだろう。全体重をのせて一気に踏み抜くタイミングがまだつかみきれない。
「セルが付いていれば、ボタンを押すだけで掛かるのに。くそー、しんどい。たまらん。腰が抜けそうじゃ。このままかからんのとちがうかー」
わがままで軟弱な思いが顔を出す。しかし、泣き言を言ったからといって、機械が言う事を聞いてくれる訳ではない。ここは地道に1回1回キックを続ける以外にない。しかも気を抜いてやってはいけない。このはねかえりで足の骨を折った人がいたと聞いた。
日本での愛車XLR250BAJA(バハ)はこれほどの体力はいらなかったが、1発でかけられるようになるにはやはり日数がかかった。XTもキック1発でエンジンを目覚めさせられなければ、自分のものになったとはいえない。この旅中に何とかなるのだろうか、いや何とかしたいものだ。やっとかかった時は、足腰はもうヘナヘナ。しかし現金なものでエンジンがかかれば、心は空と同じくすっかり晴れ渡った。
ニューキャッスルを出て少し行くと、道は右と左の2又に分かれていて、案内板にはどちらにも知らない地名が書かれていた。右へ行くと真っ直ぐ海へ向かうようだったので、とりあえず左へとる。
「誰かに会ったら聞けばいいだろう」
と、安易な気持ちでいた。とんでもなかった。道を歩いている人間など、おりはしない。家も道からずい分離れたところにポツンと1軒か2軒あるだけ。信号が無いから車は止まりそうにない。皆100km/hほどのスピードで飛ばしている。そのうち道は大きく左へ曲がり、益々内陸に入って行くようになった。
5kmほど走って、中央分離帯の代わりをしている幅の広い草地を横切り、反対車線で引き返した。やっぱりまちがっていた。
「こりゃ、早いとこ詳細な地図を手に入れなければ」
全く大ざっぱなことで、俺は1枚ものの全土の地図しか持っていなかった。
日本のJAFにあたるNRMAを探しながら北上を続ける。1時間ほど走った所で運良くその標示があった。『NRMA 1km ON LEFT』そこでJAFの会員証を提示して、一周用に必要な全ての地図と、故障した時のための各州の電話リストなど貰う。お金はいらない。どのオージー(オーストラリア人)も気軽で親切だ。明るい。
ニューキャッスルでは300kmぐらいだろうと思っていた距離が、何とムチャクチャあるではないか。地図を見てびっくりした。標識にも『BRISBANE 599』とか出て来始めた。その近くまで上がって行かなければならない。この国の標識は、キロ表示なので助かる。おまけにこれも日本と同じ左側通行。舗装の程度は良くないが、とにかく走り易い。『→95』(右コーナー、適正スピード時速95km、だろう)などザラにある。路面は粗いアスファルトで、こういう所は120km/hでも余裕でクリアできるが、路上には所々穴があり、気は抜けない。はまるとかなり痛い目に逢うのはまちがいない。
460kmほど走ったところで給油した。オーストラリアはイギリス圏なので、ガソリンとは言わずペトロールと言うが、そのペトロ・ステーションはほとんどセルフサービスになっている。最初はとまどったが、慣れるとどうということはない。26リットル。出会うオージー達は、たいていこの大きなタンクに興味を示し話しかけて来る。
「いいバイクだ。何リッター入るんだ?」
「32か3だ。少なくとも550kmは走れる」
「そいつぁーすごい。どこまで行く気なんだ?」
俺は黒のヘルメットにルートを書き込んだオーストラリアの地図を貼っていた。白いシールだから結構目立つ。それを指しながら、
「エアーズロックまで行き、最終的にはオーストラリア一周したいと思っている」
「このビッグタンク、そしてこのバイクなら十分大丈夫だ。グッ、ラック」
こうなれば悪い気はしない。最初は特別どうとは思わなかったが、この広大な国では、その価値は測り知れないものがあるのだろう。少しずつこの巨体に相棒としての頼もしさが実感出来てきた。
グレイトディヴァイディング山脈、と思われる遠い西の山に日が沈んで、約1時間、バイロン・ベイのYHに到着。予約なしの飛び込みだ。
俺はツーリングのときには、宿の予約はしないことにしている。過去に苦い想い出があるから。
日本一周時、北海道でのことだ。札幌のYHが気に入った俺は、ぐるっと廻って再び札幌に近づいた日の朝、そこに予約電話を入れた。
「先日の前原です。今夜お願いします」
若いヘルパーさんは喜んでくれた。ところがその直後、3日前まで一緒に走っていた愛知の学生さんと偶然出会った。再会を喜び、またつるんで走る内に、『江別市』の看板が目に入る。1週間前に北見で会った、赤いCB750の若い夫婦の住まいがある所だ。もう一度会って話したいものだと電話すると、是非寄っていけ、と言うことになり、更には泊めて貰うことになった。YHには悪いと思いながらも断わりの電話を入れた。
「じゃ、明日は泊まって下さい」
との言葉に、ちょっと押し付けがましいなという感じがしたが、
「そう出来るようにするつもりです」
と思わずそう答えてしまった。翌日、札幌には午前中に着いた。札幌見物は2週間前に終えている。それに街には余り興味はない。時間は限られているし、行きたい所もまだ沢山あった。俺達は西へ走ることにして、早いほうが良いと思い再び断わりの電話を入れた。
「御迷惑を掛けて申し訳ありません。泊まれそうにないので、キャンセルさせてください」
「困りますよー。食事の材料だってもう買ったんだから。いい加減な事しないでください」
あの若いヘルパーが冷たくこう言い、電話を切った。心にグサッと突き刺さる言葉だった。
俺は教訓としてそれを以後の旅で生かしてきた。ツーリング中はどんな楽しいハプニングがいつ起こるか分からない。宿を決めてしまって、動きづらい状態にはもうしないでおこう。飛び込みで駄目ならまた他の手を考えりゃいい。そういう旅の方がドラマチックだし、俺には合っている。
何事もなくチェックインを済ませ、近くのグローサリーにパンを買いに走った。昼は昨夜の残りのゆで卵2コとトマト2コで、夜はさらに残り2コのゆで卵とトマト1コ、みかん1コ、食パン4~5枚。店の前のベンチに座って食べた。パンは1.2ドル。今日は節約の日だ。
YHに帰り、シャワーをあびながら、隣室にある洗濯機に下着やTシャツを放りこんでコインを入れた。裏庭で干しているとオーナーがでてきたので南十字星を教えてもらう。日本では俺はその位置も形もはっきりとは知らなかったのだが、この名はなぜかロマンを感じさせるものがあった。
それにしても657kmは尻が痛い。椅子へ座るときでも、思わず背筋を伸ばすような格好になる。
ケープ・バイロン・ロッジYH泊(9$)
本日の走行 Newcastle ~ Byron Bay 657.2km
・・・次回「誰だって、美しいものが見たい」へ続きます