前原弘昌のバイク旅

*ハーレー軍団を横目に

★ ハーレー軍団を横目に
8月17日 (金) 快晴  23日目
 隣にテントを張っていたBMWのあんちゃんは7時前に出て行った。バイクがスタックしていたので、後ろから押してやる。朝からいい運動をさせてもらった。俺はそれから1時間後に出発。
 ここからちょっと内陸に入って行った所に、ハマースレイ・レンジ・ナショナルパークがある。
 斎藤さんから絶対にいい、世界の中でも滅多に無い所だと、地図まで書いて貰っていた。話を聞いただけでも本当に行って見たいところだったが、後の日程が目途が立たず、強行すれば、かなりな危険も有り得るため、諦めざるを得なかった。

 最初のサービスエリアまでは、今日は120km程。そこでパンとトマトの朝食と給油。20km/リットル。次のサービスエリアは、220km離れたフォーテスク・ロードハウス。ここでハーレー軍団と一緒になる。30台は越えていようか。まだ次々に数台のグループでやって来る。それも綺麗に乗っている。男達はほとんどがガイコツやらスターウォーズのダースベーダー風のイレズミをしていて、上にはたいてい黒い皮ジャンをはおっている。下は皮かジーンズだ。ねえちゃん達はブロンドヘアーの美人が多い。集団でいると気おくれして、ちょっと近付きがたい感じだが、
「G’day , mate !(グダイ マイト=よぉ、友人)」
 と気さくだ。昼間からビールをガンガン飲んでいる。サービスエリアごとに飲むという。それを見ながら、
「夜はビールだ」
 と思っていた。彼らはこの先にある西海岸のカナーボンという町で、明日ロックフェスティバルがあるらしく、そこに行って飲み明かして、また戻ってくるらしい。往復で1週間以上はかかる距離だ。昨日出会ったあんちゃん達もそこに行く途中だったのだ。たったそれだけの為に、なんともワンダフルなことだ。

 この旅4度目のカプリコーン(回帰線)を通過。ノース・ウェスト・コースタル・HWYのその看板は、道の両側にあるが、とてもシンプルだ。東行きの支柱には、8月2日に通った日本人が落書きしていた。
「解らない言葉とはいえ、あまりするなよ、岩田君!」
 つぶやきながら写真におさめてきた。もう昼間の暑さもノーザンテリトリーほどは感じない。夕方になるとむしろ寒いくらいだ。
 カナーボンまであと130キロのロードハウスのテントサイトにテントを張った。20m四方ぐらいだから、こちらでは狭い部類だが、日本の感覚からすればこれでも結構広いほうか。給油の車がどんどん入ってきて、かなりほこりが立つ。おまけに昼間ハーレーのライダー達がビールを飲んでいるのを横目で見ながら、俺はコーラで我慢してきたのに、何という不幸。ここにはビールがなかった。クーッ、失敗だった!!
ミニリャ・ロードハウス・キャラバン・パーク泊(3$)
本日の走行 Port Headland ~ Minilya 735.2km
…次回「気分は最高シェルビーチ」へ続きます

*沈む太陽に胸きゅ~ん

★ 沈む太陽に胸きゅ~ん
8月16日(木) 快晴  22日目
 東海林さんと石川さんと、名前は知らないが、シャッターを押してくれた日本人青年に送られて、バックパッカーを出発。気に入ったケーブルビーチで、半日だけでも泳いでいこうかとも思ったが、やっぱりよそう。昼間のインド洋のグリーンな海面だけを見て、西へ向かうことにした。
 こうとてつもなく広いと、短時間の余裕しかない者には計画が立てやすくもあり、立てづらくもある。一応残りの距離を日数で割って、1日平均の走行距離を出したり、黄金の計画・後半編を作ってみたりはするのだが、あまりにも走破するだけで目いっぱいになってしまう。順調過ぎるくらい(?)遊んでないが、これも仕方ない。エアーズロックでの写真が計画を狂わせた一番の原因だ。それにしても、毎日毎日きちんと600キロ前後走って、もう仕事のような感覚になっているのがおかしい。真面目な性分がそのまま出ているような旅だ。

 もう直線路には、狂うほどの感激はないが、西へ進むにつれて、一面野原だったのが左右に丘と呼んだほうが良いような低い山が、ポツリポツリと現われてきて、のどかで大らかな風景にほっとするようになった。エンジンを止めて休憩していると、右前方から列車が来る。
「へぇー、鉄道があったのか」
 しばらくぶりだ。カメラを取り出して、シャッターを切る。かなり長い貨物列車で、35mmレンズにしても、この200m位の距離では入り切らなかった。今日はこれが4回目の休憩だ。
 最初の休憩は、ブルームから200km離れた、トマトやスイカの販売所。3台のハーレーが止めてある。イレズミをしたいかめしそうな3人の大男と1人の美女。ナイフでスイカを切っている。1人の毛むくじゃらが気軽に、
「How are you going ?(調子はどうだ?)」
 と、あごをしゃくりながら聞いてくる。どんな奴らか知らないが、こんなのともめ事を起こしたら、洒落にもならない。もちろんなめられて、つけ込まれでもしたら、後はさぞかし暗い旅になるに違いない。外見だけで言うと、映画のマッドマックスを思い出すような男達だ。
「Great !(最高だ!)」
 握りこぶしの親指を立ててニヤッと笑い、迫力のある声で応えた。
 トマトをひと袋買うことにした。
「オーナーは誰か?」
「金はその箱に入れときゃいいのさ」
 無人販売所だったのだ。
「See you around(じゃ、また)」
 先に出発した俺を彼らのハーレーが追い抜いたのは、30分ぐらい経ってからだった。追い抜きざまホーンを鳴らし、手をあげて合図を送ってきた。ついて行きたい気持ちにかられる。が、スピードが違い過ぎた。150km/hの巡航ではバイクがもたない。テナント・クリークのような事はコリゴリだ。諦めてマイペースで走った。

 次の休憩は更にそこから100km離れた最初のサービスエリア。つまり、ブルームから300km程は、ペトロスタンドはおろか家すら見られず、ただひたすら荒野の一本道を走ってきた。ここで給油。18km/リットル。

 3回目は、更にそこから150kmの次のサービスエリア。時刻は1時半。ここで昼飯にする。昨日買った食パンの残りにピーナッツバターを付け、ここのロードハウスで買ったチキンの小さい手羽2つとソーセージ、それにトマトと豪勢だ。スタンドの屋根の下にある鉄製のテーブルにそれらを広げ、シルベスタ・スタローンに似た自転車野郎と話しながら食う。彼はこれから、次の町ポートヘッドランドへ向かうと言っていた。重い荷物。距離は150kmある。今日中に着くのはちょっと難しいだろうが、俺より一足早く、炎天下にこぎだして行った。
 それでも昨日よりはましで、ポートヘッドランドに近付くにつれて、けっこう涼しくなって来ているのがはっきりと分かった。昨日までなら、たまらぬ暑さに木陰を見付けては休んでいたのに、今日は少しもそれは感じなかった。このまま2000kmも南下すれば、どんなに寒くなるのかと思うと、ぞっとする。南は真冬なのだ。

 町の入り口に塩田があり、白い塩の山があった。この天気なら水の乾くのも早いのだろう。あちこちに干上がって塩だけが残った池がある。ポートヘッドランドの産業に、製塩があることを初めて知った。
 海岸の砂浜がきれいで、絶好のキャンプ地と喜んだのだが、残念、『NO CAMPING』の看板だらけ。あきらめて、まともな方法をとることにした。
 キャラバンパークは小高い丘の上にあった。ちょっと早めに着いたので、シャワーを浴び、洗濯を済ませて夕食を作りながら沈んでいく夕日を眺めることが出来た。ただ太陽が沈むだけなのに、毎日毎日この感動は何だ。沈む前も目が釘付けになるが、その後もしばらく余韻が心を満たしてくれる。見ていて胸がきゅーんとなるのは、やはり朝日よりも夕日だ。もっとも、朝からそんな気分になってはたまらんから、神様はうまく創ってくれている。
 夕食は、イカとエビ(どちらも小さい)と人参の煮物、それとブロッコリーをゆがいて、塩をかけて食う。いつの間にか、野菜を欲する身体になり切ってしまった。そしてビールは2缶。

ポートヘッドランド・キャラバン・パーク泊(6$)
本日の走行 Broom ~ Port Headland 635.6km

…次回「ハーレー軍団を横目に」へ続きます

*バイクで世界一周ハネムーン

★ バイクで世界一周ハネムーン
8月15日 (水) 快晴  21日目
 5時半起き。1時間半時計を戻しているので、今までの感覚だと7時なのだがまだ暗い。周囲が起き始めたので、つられて起きたのだ。
 7時出発。ほとんど変わらない風景の中をひたすら走り続ける。この調子だと今日は随分の距離を進むことが出来るかも知れない。200km程走った頃、向こうから3台のバイクがやって来るのが見えた。今日は久しく対向車と出遭っていない。すれちがうとき、いつもより大きく手を振った。向こうも手を振ってくれる。
「おっ、日の丸!日本人ライダーか?!」
 大型のウィンド・スクリーン(風防)に貼られた日の丸が、日本人ということをアピールしていた。
 しかし、お互い100km/h前後のスピードなので、一瞬にして離れてしまう。日の丸が印象に残り、振り返る。向こうのバイクのテールランプも赤く光って、走りながらこちらを振り向いている。
 俺がUターンして、彼らの後を少し追うと、最後尾のバイクがターンして戻って来て、俺の前に止まった。
 ブルーの車体に白い文字、テネレ(ヤマハの大型オフロードバイク)か。それにしてもすごい荷物だな。あれっ、どこかで見た様な…。
「ひょっとして、斎藤さん?」
 と、俺。
「そうです」
 と、ヘルメットをとりながら彼。
「うぉー、こんな所で会えた!」
 この旅に出る前、学生時代の親友、桂一朗氏が、
「仕事を通じて知り合った人が、夫婦でバイク世界一周している。前原にも是非会わせたいから、また紹介する」
 と教えていてくれた。俺も『Mr.バイク』や『ビーパル』という雑誌で、何度か読んで記憶にあった斎藤晃氏だ。奥さんの則子さんもUターンして来る。
「まさか、こんなことが…」

 彼らは俺のことを知っていなくても、俺にはそういう経緯もあって、このどえらい偶然にいたく感激してしまった。
 自分達の夢を追って、新婚旅行にバイクで世界一周を計画し、今まさに達成しようとしている2人。真似ようと思っても、おいそれと真似の出来るものではない。こういう人達はみんな、いい顔をしているものだ。実際、目尻にしわができる彼らの笑顔は、世界の笑顔を集めて来たような魅力があった。
 それにしてもこのすごい荷物で、ボーダー(国境)を通過するのは、さぞかし大変なことだろう。同じ海外ツーリングでも、日本から一国だけへ行って帰るのと、続けざまに国から国へ渡って行くのとでは、手間や労力はまるで違うはず。入国とかフェリーとかの手続きなど、どうしているんだろう。ビザの取得が日本で気軽に出来た俺からは、想像しにくいものがあった。会話だけならボディ・ランゲージでも通じるだろうが、書類となるとそうはいかない。英語だけですべて通用するような世界でないことは、容易に想像できる。聞きたいことは沢山あったが、今はこの偶然の出会いを喜ぶほうが気持ち良かった。
 記念撮影をして話ははずんだ。しかし、お互いまだ今日は走らねばならない距離が多く残っている。日本での再会を約束して別れた。

 今日の目的地はブルーム。戦時中日本軍が押し寄せてきた所で、今でも日本人を極度に嫌っている人達が一部いるらしい。先日も自転車旅をしている日本人に、空缶が投げ付けられた、という話をさっき斎藤さんから聞いた。お気軽気分のところばかりじゃないんだな、と改めて感じた。そこに8月15日の終戦記念日に訪れるとは、何の巡り合わせなのだろう。
 午後の一番暑いとき、いつものように眠気に襲われる。2度、3度と道端の木陰にバイクを止めて休憩しながら、夕方5時やっとブルームに到着。『真珠祭り』と書かれた横断幕が目についた。日本人の貢献もずいぶん大きかったことが伺われる催しだった。何も知らない自分が恥ずかしく、もっと歴史を勉強したいと素直に思った。
 冬の5時といっても、まだまだ明るい。斎藤さんから貰っていたこの町の地図を頼りに、ケーブルビーチへ向かう。ここはヌードビーチということだった。
「この時間ならひょっとして」
 中年のスケベ心が無かったと言えば大ウソになるが、その密かな目論見は呆気なく消え失せた。広くて長いきれいな砂浜には、もう人はまばらだった。芝生が敷き詰めてある小高い丘の上に立った。水平線の上にある太陽が海に落ちるまでには、まだ少し時間がある。
 市内で買ってきたビールの栓を開ける。近くで同じく太陽を見ていた日本人女性2人と声を交わした。少し話すうちに、
「前に会いませんでしたか?」
(おっ、ひょっとして、これはナンパされようとしているのかな?と思いつつも)
「いや、すみません。憶えてないですが」
「イエロー・ウォーターで」
 それで思い出した。ボート・ツアーに参加するため留まったカカドゥのクーインダの売店で、俺が『夜の分』のビールを買うのに並んでいた時、ちょっと話をしたことがあった2人づれだ。石川美樹さんと東海林照子さん。全く気が付かなかった。だがこれはナンパよりも嬉しかった。
 それでは、と残っているビール3缶を分けて、飲みながらサンセットを待つ。いつもは雲がかかっていてその反射がすごくきれいなのだそうだが、今日は残念ながら、というか、雲など全くかからず、輝くインド洋の彼方にスーッと沈んでいく夕陽だった。
 すぐ近くのキャラバンパークへテントを張ろうかと思っていたが、もう少しビールも飲みたかったし、既に暗くなった道路を、彼女らの自転車(無灯火)の後をライトで照らしながらゆっくり走り、市内へ向かった。結局彼女らと同じバックパッカーへ泊まることにして、シャワーを浴びた後夕食に出掛けた。レストランなんぞに入ったのはシドニー以来なかったことに気が付いた。
 祭りの出店で買ったビールを飲みながら歩いていると、パトカーが近付いてきて、
「歩きながら飲んではいけない」
 と注意されてしまった。アル中対策の秩序作りのためか。この国に来て初めてのことだった。

バンクハウス・バックパッカーズ泊(10$)
本日の走行 Halls Creek ~ Broom 706km

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*1本指のピースサイン

1本指のピースサイン
8月14日 (火) 快晴  20日目
 7時起床。いつものように出発前のメンテナンス。チェーンにオイルスプレーをし、プラグを交換する。
 また昨日と同じ様なアウトバックの道が続く。が、今日はもう何億年も前に海底で堆積した地層が、くっきりと山肌に現われて、まるで城壁のように連なっているのをいくつも見た。大陸全体が非常にフラットなので、当たり前と言えばそれまでだが、ずっと平らなまま盛り上がっている。

 270~80km走ると、ここはもうノーザンテリトリー(北部特別地域)とウェスタンオーストラリア(西オーストラリア)の州境。東から西へ入る車両はすべて道路脇の広場に誘導されるようになっている。俺も止められた。日本のボーイスカウトみたいな格好をしたおっちゃんが聞いてきた。
「果物を持っていますか?」
 瞬間、昨日買った玉葱、じゃがいも、人参が思い浮かぶ。少量だがバッグの中に入っていた。多分野菜も駄目なはず。しかし、彼は“果物”と聞いたのだ。
「いいえ」
 後から車がやってきた。俺はOKになった。ちょうど疲れもピークに達していたため、ここのテントで休憩させてもらうことにした。次の車の検査を興味深げに眺める。トランクの中から出された袋入りのオレンジが、俺のそばにある廃棄用の大型段ボール箱に捨てるように指示されたようだ。その中にはすでにたくさんのオレンジや野菜が捨てられていた。
 西オーストラリアは果物や野菜の産地だ。防疫(農産物の害虫予防)のための検査なのだ。
「持っていればどうしても捨てなきゃならないんですか?ここで食べてはいけないんですか?」
「もちろん、食べてもいい。食べ切れない分はすべてここに置いていってもらうが」
「没収されたものは、どうするんですか?」
「すべて焼却される」
「もったいなー」
 検査員は50歳前後のおじさん1人。そういう会話を交しながら、コーヒーを御馳走してくれる。すぐにたくさんのハエが群がってきた。何かの本で読んだか、人から聞いた話だが、オーストラリアでは、カップのふちにたかってきたハエとの関わり方を見て、その人がどのくらいここにいるか分かると言う。
3日目の人…追い払って、綺麗に拭って飲む。
3週間の人…手で上手に払いながら飲む。
3ヶ月の人…ハエ付きのカップでないと飲まない。
俺は3週間目の人になっていた。
 おじさんに、これまで見て来た地形のことを聞くと、6億3千万年前に隆起したと教えてくれた。うーん、すばらしい。自分のカラがとれてくると、気持ちもオープンになる。この頃妙になんにでも感心するようになった。
 1時前、クヌヌラという5000人ほどの大きな町に着く。暑い。給油をし、換金をしに銀行へ行く。エアコンが効いていて、目茶苦茶気持ちがいい。外は37~38℃はあろうか。生き返った気がして、壁の時計を見ると、11時半。まだ昼前だ。標準時がまた変わっていた。ノーザンテリトリーよりも、1時間半遅い。日本からは、1時間遅れだ。時計をその分だけ戻した。何だか得した気分になり、コーヒーとバーガーで昼食休憩にする。地図をながめ、煙草をふかしながら2時間近くも居座る。やっぱりもう歳なのかな。やたら疲れてしまう。元々暑さにはそう強くないので、けっこう参ってしまうのだ。
 それから150km走って、低い木の陰に座って休憩していると、キャラバンカーをつないだ車がレストエリア(サービス施設など全くないHWY横の乾いたただの赤土の広場)に入ってきた。先程、追い越しざま手で合図を送り合った老夫婦だ。タスマニアからやって来て、もう3ヶ月になると言う。12月に帰ると言っていたから、ずいぶん長い旅行だ。奥さんは、ホームシックになってしまった、と言いながら、椅子を用意し、コーヒーをご馳走してくれた。こういう温かいふれあいは、荒涼たる地だから余計に感じるのか、心が和むものだ。
 今日特に感じたことだが、この道を走っている車は、車種を問わず手を振って挨拶してくる。普通に旅している車はもちろん、長距離バスやロードトレインの運転手もしかり。助手席に乗っているおばあちゃんなど、珍しいものにでも出会ったみたいに、身を乗り出して手を大きく振ってくる。運転している旦那も同じだ。慣れない手つきがまたいい。ここはスチュアートHWYに比べればずっと車の数は少ない。だからここを走る者は、皆マイト(仲間)なのか。俺はピ-スサインではなく、左肘をタンクについたまま、人差指を1本だけ上げるサインの癖がついてしまった。
 日本でのツーリングでは、ライダー同志が出遭うと、ピースサインを交す。お互いに、
「よっ、ガンバッテる?」
「気をつけて。元気で!」
 というような意味を込めるのだ。ヘルメットのあごの右前12cm位のところ、左手で斜めにビッと決めるのがカッコいい。だが右手でやってしまうと、アクセルが戻って減速してしまい、ちょっと恥ずかしい思いをすることになる。(実は日本一周の時、やってしまった。しかも登り坂で)そして相手が出してくれなかっても、クサることはない。こっちも気づくのが遅れて、出し遅れたりすることがある。相手にも、何らかの理由があったのだろうと考えれば何ということはない。オフロード・バイクのライダー達は、たいていピースサインよりも手をあげてくるので、気付かないことはないのだが。ともあれ、絶対にしなければならない、なんてことはないので、軽い気持ちでやるのが一番いい。

 西オーストラリア州に入って気が付いたが、ここにもたくさんのアリ塚があった。しかし、形が違う。ノーザンテリトリーを中心にあるアリ塚は、何か仏像とか人の形、こん棒状のものが多かった(帰国後テレビで平面状のものも見た)が、ここではきのこ型のものが、まず現われた。大きさも種々ある。ノーザンでは4~5mもの高さのものがあった。蟻の種類が違うのかどうかは知らないが、蟻にも文化があるのだ。7~800kmの距離があれば、形も文化も変わってくる。
 俺には新鮮な驚きだった。しかも、これだけのものを造るには、200~300年はかかると聞いた。おまけに、道路の両側は、よく火事が起こるらしく、草はほとんど燃え尽きて、生命力の強い木だけが樹皮を焦がしたまま生き残っている。その中に無数に残るアリ塚。蟻はきっとあの中で生きて活動しているのだろうな。何千万年もこういう繰り返しの生活が続いているに違いない。ここにも気の遠くなるような自然の営みがあった。
 今日も暗くなってからも走り続けた。いつも通り動物の飛び出しに神経を使って、昼より随分と厳しいものがあった。しかし、ブッシュキャンプはずっと牧場が続き、牛さんがあちこちにいて危険で出来ない。やっと町に出た。キャラバンパークもある。
 申し込みをしてテントサイトへ。バイクを止めたらテントを張るよりも、キーを抜くよりも、まずブーツとモトパンを脱いで、短パンと裸足になる。そのあとすぐに、買ってきたビールの栓を開けグッと一気にやる。まだよく冷えていて、これがたまらない。
 一服した後、ようやくテントを張り、湯を沸かしながら荷物を降ろすのだ。それにしても、ここは大正解だった。広いし設備もよく、芝生も整っている。蟻さんも他と比べるとずっと少なかった。昼はあれだけ沢山いる蠅さんも、夜になるとどこへ行くのか、すっかり姿を消してしまう。蚊は、まぁ仕方がないか。
 今夜も大空に一面星が輝いている。飯の後、残りのビール2缶もまたたく間に空になってしまった。とにかく喉が渇いて仕方がない。アボリジニー達が、遠くで奇声をあげている。オォーッ、ヤーッなどと叫ぶ声が、200m以上離れているここまで響いてくる。よくとおる声だ。何かスポーツでもやっているのだろうか。10時を過ぎているのに、彼らの元気なこと。ああいうエネルギッシュなパワーにはいつも魅了されてしまう。早く寝てしまうのがもったいなく、彼らの声にしばらく耳を傾けながら、芝生に仰向けになっていた。
 あれほどクソ暑かった空気も、夜になるとすっかり涼しくなるので嬉しい。只今20℃。どえらく気持ちが良い。

ホールズ・クリーク・キャラバン・パーク泊(5$)
本日の走行 Victoria River ~ Halls Creek 685.2km
…次回「
バイクで世界一周ハネムーン」へ続きます

第三章 西の荒野を突っ走る

第三章  西の荒野を突っ走る  
*ダーウィン~パース

バイクを止めたら
まずはビールだ!!
何はともあれビールだ!!
頭ン中が空っぽで
とにかく
今日もありがとう

☆旅は情け
8月13日 (月) 晴れ  19日目
朝一番で、バイクショップ、ダーウィン・ヤマハへ行く。リアタイヤ交換。リアブレーキパッド交換。オイルとフィルターの交換は、プロレスラーみたいなメカニックにやり方を教えてもらい、俺がやった。やっと全部のオイルを抜くことが出来た。そのため、俺が買っていたオイルでは足りなかったのだが、彼は内緒だといって、店の分をまわしてくれた。この国のメカニックは、本当に皆泣かせてくれる。情け深い男ばかりだ。チェーンにもスプレーして、これでオッケー。全部で180ドル。

 店先に出ると1人の日本人ライダーが来ていた。京大生で1年休学して、じっくり走るためにやってきたとのこと。力んでなく良い顔をしていた。名乗り合わなかったので名前は知らないが、
「お互い楽しみましょう」
 と言って別れた。
「しまったなぁ、せっかくの縁だから名前ぐらい聞いとけば良かった」
 と後悔するくらいさわやかさが印象に残っていた。(しかし10ヵ月後、幸運なことに日本で彼と再会できた。数日後出会うことになる坂口彰男氏と彼が、京都の自宅へ電話してきたのだ。長旅ではこんな出会いがいくつも重なってくるからおもしろい。)

 11時出発した。キャサリンへ向けて、一路南へ下っていくが、50kmも走るともう眠くて仕方がない。昼食と給油で休憩がてら、ベンチで少し横になる。記念にと思ってオートシャッターで写真を撮ったら、今度はそのカメラを置き忘れてしまうという、相変わらずどこか抜けている旅だ。結局、13km引き返した。親切な人が店に届け、おかみさんが預かっていてくれたから良かったものの、危うく暗く沈んでしまうところだった。
 その後キャサリンまでの270kmほどは、時々メインルートを外れたりしながら走ったりで、けっこう順調。急ぎ旅だが、どこかでチャンスがあるかも知れないと、ここで釣り具を手に入れた。
 この町でスチュアートHWYから離れ、西へ延びるヴィクトリアHWYへ乗り入れる。ここはまた一段と車が少ないところだ。これがアウトバックなんだ、という実感が沸いた。ここから先の予備知識は、あまり持っていない。ちょっと心細くなるような先行きである。
 それでも周りは熱帯サバンナの樹木が生えているし、遙か遠くには背丈の揃った樹が立っている地平線が見える。日没もきれいで、思わず走りながらシャッターを何度か切った。
 キャサリンから200km走ったところにある初めてのサービスエリア、ヴィクトリア・リヴァーのキャラバンパークにテントを張ることにした。ここのロードハウスで、珍しく10ドルも払ってステーキ・ベーコン・エッグ・サラダと豪勢な夕食を頼み、知り合ったオージー、Dr・クック夫妻とビールを飲みながら3時間も話し込んでしまった。旅の事、家族の事、お互いの国の事などたわいもない内容だったが、ずいぶん楽しいものだった。この所、ちょっと人との会話に飢えている。
 明日も晴れてくれるといいなぁ。現在のところ満天星空。

ヴィクトリア・リヴァー・キャラバン・パーク泊(2$)
本日の走行 Darwin ~ Victoria River 557.5km

…次回「1本指のピースサイン」へ続きます