オーストラリア紀行 第4章
第4章
冬の旅空、寅さんはゆく
ナラボー~再びエアーズロック
どしゃぶり雨でも 走れたらうれしい
晴れたら晴れたで うれしくなる
バイクで旅ができる それだけで十分だ
★ “油断”コントロール
8月23日 (木) 快晴風冷たし 29日目
朝早くに目が覚めてしまった。食堂でルートを検討しているとオーナーの武田正俊さんが起きてこられた。36歳。小柄だが実に均整のとれた身体だ。にこやかで謙虚な姿勢に好感が持たれる。
武田さんは以前は体操の選手で、現在はトライアスロンに挑戦中だとか。月一度くらいの割りで開催されているマラソン大会にはずっと参加していて、成績もかなり優秀だと宿泊者達から聞いていた。それで朝夕のランニングはずっと続けていて、朝練は軽いとのことだったので付き合わせてもらうことにした。俺はここに来て煙草の本数も増えているし、ちょっと不安だったが、岬の灯台を回って帰ってくる5kmのコースを話をしながら走った。
「スポーツでのマインドコントロールには、以前からすごく興味を持っていたんです」
「そうですか。ほとんどのスポーツで使われていますしね」
「そういう関係の本は何冊か読んだことがあるのですが、実際にそういう仕事をしておられる方とお会い出来て嬉しいです」
「いやこちらこそ。身体を気持ち良く動かす感覚を思い出すことが出来ました。武田さんは、トライアスロンにも出られると聞いたんですが」
「ここは恵まれていましてね、水泳などは地元のプールで、一流のアスリートが指導してくれるんです。お金は3~400円ぐらいですかね」
「えーっ、それはいいですねえ。でもトライアスロンて大変なんでしょう?」
「いえ、こちらのミニコースは、水泳が600m、自転車20km、ラン6kmと、ずいぶんやり易いんです」
「じゃ、初心者には最適ですね。話を聞いているとやりたくなりますよ」
「是非またやりにいらしてください」
どうしてもスポーツや心理学に関する話が多くなる。1週間後に開かれるロードレースには、武田荘の宿泊者も出るとのことで、茂木さんも別のコースで1人練習していた。
帰国後石川さんが手紙で結果を知らせてくれた。距離は10km。武田さん、茂木さんは自己新記録。あの柔軟の池田さんは走るつもりはなかったのに突然走り、完走した。しかも裸足で。彼は『靴を履いている』というイメージを持って走ったところ、血豆さえ出来なかったとか。初心者としては驚くべき応用力に思わず歓声をあげてしまった。
武田さんからは、3ヶ月後便りを頂いた。
『必要な情報をインプットし、ポジティブな気分でスタートラインにつけば、必ず良い結果が出るという事も分かりました。9月30日には20kmで今まで自分が壁と思っていた70分を切ることができました。年を重ねても記録は向上する。ブレーキをかけているのは年齢ではなく、その人本人の潜在意識に内在する、と思えるようになりました』
と。この時も自分のこと以上に嬉しかった。
わずか一夜の滞在だったが、居心地が良く、随分と思い出が残った場所になった。
積み込みを済ませ、記念撮影をして、昼過ぎ皆に送られて出発。途中食料やらパンクの瞬間修理剤を仕入れた。これはチューブには余り良くないらしいが、砂地などでバイクを倒して面倒な作業をしなくて良い手軽さは、使う使わないは別にして、持っているだけで安心感がある。
再びパースへ戻って、期待に胸を膨らませながらスロットルを開けていく。ここから一路東へ延びているグレート・イースタンHWYに入るときだった。大型トラックの少し後ろを走っていたので、大きな合流地点で信号を見落としてしまっていた。気が付いたときには、右前20m程のところを車が数台右折してきていた。
「しまった!!」
急ブレーキ。リアタイヤが10m位スリップして流れ、カウンターをあてるとまた逆サイドに流れ、ハンドルを必死で左右に切り、カウンターをあてながらバランスを保とうとした。暴れ馬に乗って、ロデオをしているみたいだった。完全に事故った、と思ったが奇跡的にコケず、大きな三叉路交差点の左側に停車させることができた。
「あー、びっくりした」
交感神経が思いっきり働いて、心臓の鼓動がすごい。手足も震えている。100km/hは出ていたから、コケたらバイクも身体もただでは済まなかったろう。車はこちらを見ながら、徐行スピードで通り過ぎていく。パトカーはいない。
ダートでの練習は、休みの日たまに遊び半分でしていたくらいだが、それでもその経験はここでずいぶん役立ってくれた。そして痛感したことは、『絶対に諦めてはいけない』ということ。あきらめない限り、身体は全能力を出して対応してくれる。人生も同じに違いない。その後は、信号には特に気を払った。
油断はできない。ここでポックリ、と思うとぞっとする。日本に連絡が行き、家内が血相を変えて飛んでくる。しかし、俺にはそれがもう分からない。こんな迷惑のかけ方はない。これは日本でも同じことだが、今は特に他国を1人で旅しているのだ。素人の俺にとってこれは1つの冒険なのだ。生きて帰らねば。待ってる人がいてくれる。油断とは油が切れることらしい。心も機械も油断大敵、というところか。
が、パースに来るまで4000km程、まともな信号に出合っていなかったし、この先も1000km以上の単位で信号はなかったので、『注意1秒』を続けるのは結構しんどく、いつの間にかこの気は、緩みかけていた気を引き締める人生論に変わってしまっていた。
昼食は昨朝出掛ける時にロックマン夫人が作ってくれたサンドイッチを頬張った。地図を眺めてみる。時刻は3時。どうもカルグーリまでは行けそうにない。あと550km程もある。ずっと手前に、サザン・クロスという町があった。そこまでなら300km。町の名前もズバリ南十字星。いいではないか。そこまで行こうと思い、また走り出す。日中も風が冷たかったが、夕日が落ちると更に冷たさ、寒さが増してくる。冬というのを思い出した。
6時半到着。日本へ電話を掛けて、家内に無事東へ向かっていることを知らせる。もうすぐ末娘の由佳の1歳の誕生日だ。その日はまだオーストラリアを走っている。祝いは、帰ってからしようということになった。
町外れのキャラバンパークの芝生にテントを張る。ここは3ドルだが、テントサイトは最高。すぐ近くの洗面所の蛍光灯で、結構明るい。芝も綺麗に整っていて気持ち良いし、食器の油を拭う砂もある。飯を炊き、今日買った肉を3枚焼く。酒を買いに町のバーへ行き、1番安いワインを1本手に入れた。酔って身体があたたまればそれでよい。トイレもシャワーもすぐ近くで、その明かりで十分明るいディナータイムが楽しめた。星もきれいだ。
サザンクロス・キャラバンパーク泊(3$)
本日の走行 Fremantle ~ Southern Cross 393.3km
……次回「雨の日の赤玉ポートワイン」へ