前原弘昌のバイク旅

オーストラリア紀行

2009年06月19日(金曜日)



大自然の夜明け
エアーズロック頂上で迎えた 大自然の夜明け



序章
夢の風景

…☆…自分の夢に 忠実でありたい
…☆…そのためなら
…☆…いつまでも 夢見るアホゥでいい
…☆…自由じかんにカンパイ!!

「おい、ヒデ起きろよ」
 隣のテントの永原さんが、相棒のヒデさんを起こす声で目が覚める。5時45分。まだ真っ暗だ。急いで洗面所へ向かい、トイレを済ませる。
「ウン、今日もすこぶる体調がいい」
 ほどなく全員が集合した。わくわくした気持ちが、みんなの眠気をすでに吹き飛ばしていた。未明、日本人5人でエアーズロックを目指す。昨夜そう約束して眠りについたのだった。
 彼ら4人の日本人青年達とは、昨日ここで知り合った。唯一の女性沢口由美子さんは、大阪から来ている久保幸司さんのバイクにタンデム(2人乗り)。永原良憲さんとヒデさんこと高橋秀彰さんは車。俺にも同乗を勧めてくれたが、俺はやはり愛車XT600で向かうことにした。ここまで一緒にやって来たんだ。こいつだけを残して行くわけにはいかない。
 宿泊施設が集められているユララからエアーズロックまで20Km。1台の車と2台のバイクの排気音が、静寂の闇を切り裂いていく。
 まだ十数キロはある遠くからでも、鍋を伏せたような黒いかたまりがずいぶん大きく見える。走っても走ってもその姿は、シルエットとなって左手前方にそびえたまま動こうとしない。この平らな大陸の真ん中に位置するエアーズ・ロックは、まさにオーストラリアのでべそと言うにふさわしい。大平原の上にどんと突き出していて、バックの風景は180度の地平線の上に大空が広がっているだけ。その境界の上がほのかに白んで来ている。身震いするような光景。
「何という幸せ」
 こうして走っているだけで嬉しい。近づくにつれて、ロックはさらに大きさを増してくる。ずっと左手前方に見えていたかたまりが、やがて正面に位置を変えてきた。3台はその黒い壁のど真ん中めがけて直線路を突き進んで行く。まるでブラックホールのような真っ黒な世界に飲み込まれそうな錯覚に、心なしか全体のスピードが落ちたように感じた。
「ひぇー、でけぇー。これが本当に1個の岩なのか」
 正面からおおいかぶさってきそうな迫力に圧倒され、ロック周回道路とのT字路を危うく突っ切ってしまいそうになった。彼らの後を追ってあわてて左折する。まもなくウィンカーを点滅させて、前の2台が右側の広場に入って行った。登山口駐車場へ到着。麓までやって来てもまだ色は見えず、この時間では岩か山かも分からないほどだ。
 しかし、夢心地気分はすぐ現実に引き戻された。登頂の道は予想以上に険しかった。鎖につかまり、皆より少し遅れて上がって行く。肺が張り裂けそうだ。普段の運動不足がたたる。
「はぁ、はぁ。もう歳か」
 独り言が口をついて出る。急がないと日が昇ってしまう。時々足がふらつく。が、間違ってもこんなところから落ちたくはない。こんな岩の急斜面では、もし足でも滑らせたら、一巻の終わりだ。何せ1枚岩だから、引っ掛かるところなど無い。
 岩の横から見える東の空は、青白い部分がすでにうっすらと赤く染まり始めている。
「おわっ、すっげぇー!!」
「うわーっ、すげぇー!!」
 上の方から永原さんとヒデさんの感動の大声が聞こえた。頂上に到達したらしい。仰ぎ見ると、彼らの後ろにはもう岩はない。大空が広がっているだけだった。
「前原さーん、もうちょっとー!」
「おーっ、もう歩かんでええのぉ?」
「ここまでー!」
 先に着いた4人が、口々に叫び、励ましてくれる。
白いペンキで描かれた登山ルートの最後の急斜面をよじ登る。みんなの所まであとわずか。数十秒後、目の前が急に広くなり、視野が大きく開けた。
「うぉーっ、こらーすげえ…」
 あまりにでかい風景に圧倒されてしまい、ため息のような声しか出てこない。グライダーやカイトに乗って上空から地上を見下ろすと、こんな気分になるんだろうな、きっと。頂上の岩盤が途切れた向こうには、日の出前の大自然のパノラマが広がっていた。
 360度完全に見渡せる大平原。地球の果てが見える。背丈の低い植物がまばらに分布しており、それが余計に今立っているロックの赤茶色を浮き上がらせる。地平線はゆるい曲線を描いていて、この惑星が丸いということを理屈抜きに解らせてくれる。風がすごい。”地球が生きている!”と、生まれて初めて実感した。まるで鼓動までもが聞こえてきそうな、荘厳な感覚に包まれる。
 後方の眼下に小さく見えるユララの施設以外、大きな人口建造物は全く見当たらない。暗い岩肌を45分かけて登ってきた価値は十分過ぎるほどあった。空にはずっと雲が広がっているのに、東方の空だけは雲がない。これはラッキーだ。
登頂後5分も経たないうち、遥か彼方の地平線に光がキラッと輝いた。無数の光の筋が、一直線に延びてくる。大自然の夜明けだ。その瞬間を捉えようと、ビデオをちょうどセットし終わったとこだった。急いでカメラを構えるが、何というドジ。一眼レフのカメラはフィルム切れだ。交換する間もなく、小型のコニカ・ビッグミニをポケットから取り出した。
「スッゲェー、スゲエー…」
 もうみんなこの言葉しか知らない。あとの言葉は思い浮かんでこない。心はすっかり、少年や少女に戻ってしまっていた。強い風に帽子や上着を飛ばされてしまいそうになりながら、この光景を形としても残したくシャッターを押しまくった。
 大平原の中に岩山がいくつか見える。知っているのは2つ。ひとつはマウントオルガ。朝日を浴びて金色がかった薄茶色に光っている。実際にはこのエアーズ・ロックよりもずっと高いのに、同程度の高さにしか感じないのは30kmも離れているからだろう。あとひとつはマウント・コナー。頂上が平らになっていてエアーズロックとよく間違われるらしいが、奇麗な台状の山だ。昨日ユララへ来る途中、左手に見ることができた。直線で100kmはあろうか。あとはずっと離れた地平線の上に、2つか3つの山が岩のように小さく見えるだけだ。
 『ここは平らな大地の真ん中に1つだけポツンとあって、他には何も見えない』とか書いてある本を何冊か見たが正確ではなかった。でもそう言いたくなる気持ちはよく分かる。高さ348m、麓の周り9kmのこの岩山は、頂上でも全く期待を裏切らなかった。俺は今までこんなシンプルで、どでかい風景は見たことがなかった。
 憧れて、憧れて、夢にまで見た風景が、今、足元に広がっている。これは夢じゃないんだ。バイクの持つ魅力に引き込まれ、自分の生き方が少し変わったあの時から、もうずいぶん時が経っているように思えた。

「退職そして日本一周」へ続きます。次回更新をお楽しみに。