オーストラリア紀行 *居眠りの…
2011年06月20日(月曜日)
居眠りの雨中走行
9月3日(月)曇・雨 40日目
朝食の後、ハームが菜園とか焼物の窓がある作業所を見せてくれた。すべて手作り。日本にこれをそのまま移しても、何の違和感もないだろう。
シゲさん(秋月氏)は今日帰国する。ワーホリ・ビザでカナダに渡り、バイクで中米まで回った後オーストラリアに来たので、一年半振りとのことだ。昨夜彼とこんなやりとりをした。
「明日の今頃は日本ですよ。まず居酒屋で焼酎飲みます。酒のあては焼きサンマ」
「あーっ、思い出す。大根おろしと醤油。パセリがちょこんと置いてあって。たまらんなー」
「でしょう?それと、肉じゃが。ズリ。日本人はこれですねぇ」
彼の話で、すっかり日本が恋しくなってしまった。あと1週間も我慢できるだろうか。夢の中に出てきそうなくらい、サンマのイメージが頭から離れなかった。
P・ジャメインから一気にメルボルンを目指す。シドニーまで残り3日で2000キロ。1日700キロの計算になる。ややハードだが、その分楽しんだので仕方ない。
アデレードまでは、250㎞位なのだが、霧が多くカッパを着なければならないほどだった。昨夜は遅くまで話していたので、その疲れが残っているのか、しばしば眠気に襲われ、休んでばかりで中々進まない。
やっとたどり着いたアデレードは、古い町と新しい町がミックスされたような町だった。銀行でT/Cを換金する以外は、ゆっくりもできない。町の南にある公園のほとりで、荷物を全部ビニール袋に包み、シートをかけ万全の態勢をつくった。南のほうにはここよりもっと黒い雨雲が広がっている。給油をして一号線をマーレー橋のほうに下っていった。
220㎞ほど下ったケイスのロードハウスで休憩。もうずぶ濡れ。気温も低く寒い。例によってベーコンエッグバーガーとコーヒーを腹に入れながら、ストーブで暖をとる。5時半。天気のせいもあるが、もう薄暗くなりつつある。雨は相変わらず降っていたが、更に走る。
200㎞走ったホームハムで給油。かなり大きな町だ。ペトロスタンドの規模も日本並み。もう日はとっくに暮れていた。さすがに寒い。足も手もブーツやグローブの上にビニール袋を被せて、輪ゴムで留めているし、カッパの上にも大型のごみ袋に首と両腕が通せるように切って被っている。ごみ袋怪人だ。そんな恰好でペトロスタンドに入って行った。レジのおばちゃんがびっくり。
「安い宿を知らない?お金があまりないから」
と言ったら、そのおばちゃんがあちこちに電話してあたってくれた。
「可哀想なチャイニーズが困っている。空いている部屋はある?」
とか言いながら。思わず笑ってしまったが、別に訂正はしなかった。結局見つからなかった。
「親切にありがとう」
と礼を言い、もう9時を回っていたがもうちょっと走ることにした。目的地など無い。ひたすら距離を稼ぐだけの走行だ。真っ暗な雨の道をメルボルンの方向へと下って行く。体力の限界が近づいた。居眠りが続くようになる。ここまで来て、事故だけは避けなければならない。
70㎞ほど南のスタウェルという町の公園にあったバーベキュー小屋の屋根を半分拝借してテントを張った。居眠りが続くようになって危険だったので、ここまでにしておくことにした。
スタウェルの公園泊(タダ)
本日の走行 Port Germein ~ Stawein 746・9㎞
…次回「 しめくくりはテントで」に続きます