前原弘昌のバイク旅

*ショック……!!

2010年01月24日(日曜日)

★ショック……!!
8月12日 (日) 晴  18日目
 夜、何度も目が覚める。何せ、6時半集合なので寝過したら大変だ。隣のおっちゃん達を当てにしすぎても、遅れたら恨みが残るだけだ。
 5時半に目が覚めた時、もう起きることにした。テントや荷物はそのままにして、貴重品とカメラ類を持って、集合場所の船着き場へ向かった。バイクで5分もかからない所だった。
 川面には霧が立っていて、静かで白い幻想的な世界。ほとんど流れのない川に、細長い屋方舟が2艘接岸してあった。40人程の観光客が乗り込むと、俺の乗った船が先に岸を離れる。坊主頭の操舵士兼ガイドが、水辺に住む生物を見つけた順に1つ1つ紹介していく。今は乾季で水も少ない(と言っても結構ある)が、これが雨季になれば4~5mも水位が上がると言う。堤防もない平地なのにそんな水がどこから来るのか想像がつかない。今まで知っている俺の常識では測れないものだ。

 ツーリングをしていて、ツアーに参加するなど思ってもみなかったことだが、これも面白い。ビデオとカメラを持ってクロコダイルを探す。だがまだ水の中の方が温かいらしく、最初のうちは鳥ばかりで、ワニの姿が見られ始めたのは、1時間を過ぎた頃からだった。岸辺の近くに目だけを覗かせて、ほとんど動かない。ボートが近寄って行けば逃げ出すが、動きは鈍い。4匹見た中で、もっとも大きいのが5m程のものだった。こいつは一番最後に見た奴で、腹は結構太っていた。ガイドの説明だと、海水に住むワニは人を食うが、淡水のものは人を襲う事はあまりないと言う。それでもやっぱりあいつの胃の中には、人間の骨が入っているかも知れない、と思ってしまう。
 2時間のツアーが終わり、テントをたたんで出発する。このカカドゥ・ナショナルパークは、オーストラリアの先住民、アボリジニーがたくさんの壁画などを残している。20分位北西に走って、ノーランジー・ロックにその壁画を見に行く。もうすっかり観光客になってしまった。
 しかし、予期せぬショックに打ちのめされた。フィルムを巻き取ると、いとも簡単に巻き取れる。
「しまったー。送られてなかった!」
 エアーズ・ロックやマウント・オルガでの走行写真もさっきのクロコダイルも、全部パーだ。力が抜けてしまった。あそこの写真がないオーストラリアなど考えられない。走ったことは事実でも、何か形として残しておきたい。バイクであそこを走れる機会など、もう永久にないかも知れない。
もう一度様々な難関をクリアーしてここに来るというのが、いかにパワーのいることか。このショックは、今まで支えてきたものをひっくり返してしまいそうなほど大きかった。気持ちが1つのマイナスの事に捕われてしまうと、周りをじっくり見られなくなる。そして、そういう時の考えは決まって否定的なものが多くなる。これは心理の常だ。今俺もそこに陥っている。
 情けない思いに駆られながら、しばらく地面にひっくりかえって考えていた。しかしこういう時こそ、プラス思考で行くのが俺のやり方だ。
「このマイナスの情況がどうやればプラスになるだろうか」
 考え始めると、気持ちはそれに集中してきた。
「よーし、もう1回行ってやる」
 もちろん単純に引き返す事など頭になかった。西海岸を下って、南のナラボー平原を越えた段階で、スチュアートハイウェイを上がれば、もう一度エアーズロックへ行ける。そうすれば、一周プラス往復縦断にもなる。
 しかし、考えてみればこれはとてつもない考えだった。今でさえ、ギリギリに近いのに、どうやって日数のやりくりをしようか。3000キロ位距離が延びてしまうのだ。方針は立てたが、かなりの無理があり、気持ちの整理はつかないままだった。

 ダーウィンへの道中では、ショックと暑さにやられて、完全にばててしまった。100km毎くらいに休憩所で長い休息を取っていたが、頭からはそのことが離れなかった。ジュースを飲みながら計画を立ててみる。1日600km平均でやらなければならない。東京~神戸がおよそ550kmだから、それをはるかに越える距離だ。今日など僅か300km程だが、こんな苦しい思いをしているのに、出来るのだろうか。
「こんなにただ走るだけで何の価値があるのだろうか」
 ここに来てはじめてそんな思いが脳裏をよぎった。
 それほど暑くて参ってしまった。俺は暑さには本当に弱い。これが真夏でなくてまだ良かったのだろうが、それでもザックの温度計は35℃を越えている。もう3杯目のジュースを飲みながら、家内の実家に電話してみると、ちょうど家内が出た。まだ昼の2時なのに、意外な電話だったに違いない。
「もう暑くてしんどいから、帰りたい気分だ」
 思わず、そう弱音を吐くと、
「うん、それがいいから帰ってきたら?」
 と、まことにあっさり。
「それじゃ、修行にはならんだろう…」
 と言いかけたところで、電話代1ドル分が切れてしまった。
「何という女々しさ!あーっ、情けない男だ」
 電話したことを後悔した。何のことはない。あろう事か、ホームシックに掛かっていたのだ。
 しかし、家内の言葉でいくらか元気も出てきて、また走り始める。カウンセリングを受けたような気分ですっかり楽になった。

 実はこのところやけに、さだまさしの『関白宣言』の短いフレーズが頭に浮かんできていた。それはまるでこわれたレコードのように回転していて、ふり払ってもふり払っても、最終日まで止まらなかった。これは、心理学をやりながら、自分では全く気づいていない深層心理だった……。

 10kmほど走ったところで、HWYの道端に立っている『J130』という白く小さい標識が目に入る。オーストラリアのHWYには、近くの大きな町や目印までの距離が示してある標識が、5キロとか10キロ毎にあるのだ。
「ん?Jって何だ。さっきまではSH(スチュアートハイウェイ)だったのに…」
 頭の中が久し振りに忙しく働いた。
「しまったぁ。Jはカカドゥの町、JABIRU(ジャビル)のことだ」
 さっきのレストエリアで反対側に入っていたのを思い出した。何てこった。後戻りしていたんだ。これといった目印も無くて、分からなかったのだ。Uターンして引き返す。この暑い中、同じ道を3度も通ろうとは。
 それにしても暑い。焼けたアスファルトに焼けたエンジン。
「そうだ、いいことを思い付いた」
 自律訓練法(自律神経をイメージで調節する方法)の応用をやって、冷汗をかいた時の感じを出し続ければ、少しはしのげるかも知れない。どうせまっすぐな道。簡単なマインドコントロールくらいはできる。
 まずどういう状態での冷汗を思い浮かべるか、イメージを作り出さなければならない。運転中でもあり、『道路脇から動物が突然飛び出した状態』が最適だと決定。早速試してみる。うまくいった!初回から完璧。ヒヤッとした瞬間の感じが、何度も出せるようになった。涼しい。もう冷や冷やだ。30分程もやっていると、今度は元の感覚に戻るのだろうかと、いささか心配になる。が、普通にしていれば、やっぱり暑くなってくるし、大成功だった。まっ、身体にいいイメージとは言えないので、あくまで緊急避難的にやった方が良いとは思うが…。

 5時半頃、トップエンドと呼ばれる熱帯の都市、ダーウィンに到着。とりあえずYHAを訪ねた。バスターミナルの隣の便利な場所にある。しかし、BOOKING(予約)していないということで断わられたので、浜辺でテントを張ろうと探してみた。これだけビーチがあるんだからと思っていたのだが、どこも『NO CAMPING』の立て札。強行していると、お巡りさんが起こしに来るとは、後で聴いた話。仕方ない。
「酒でも飲みながら考えるか」
 と酒屋へ行くが、日曜日で、この時間にはもう売れないとのこと。今日は冷たいビールを喉に流し込むことを楽しみに暑い中頑張って来たのに。何軒かまわって頼んでみたが、どこでも買えなかった。
「ゲッ!今日は色々と試練の多い日だ」
 開き直って道端の芝生に座り込み、ペトロスタンドで買った2リットル入りのジュースをあおる。
 キャラバンパークでも探すかと、再び走り始めると、バックパッカーズの看板が目に入り、ここに決めたと飛び込む。12.5ドルもの大金を払って投宿。ダ-ウィン・ヤマハもすぐ近くに見付ける事が出来たし、明日は朝一でリアタイヤの交換だ。泳ぐ事も、砂浜で肌を焼くこともしないことにした。次へ進もう。とにかく、そっちを選んでしまったのだ。これも運命。こうなりゃ、とことんやってやるぞ。

サンセット・シティ・バックパッカーズ泊(12.5$)
本日の走行 Cooinda ~ Darwin 380.9km

 

もう1冊の日記帳(3)

8月3日
 入浴中に貴方からの電話、浴室に聞こえてきた電話のベル。「もしかして」と思ったら、
 やっぱり……「話したかった……」
 あきらめて寝ようとしていたら、あなたからのTEL。午後10時。バイクの後輪が動かず、
 知人に電話しているとのこと。そちらの時間帯は10時半頃かしらね。
 そんな時間に大丈夫ですか?

8月4日
 バイクはうまく直ったのかしら。星空を見上げて、貴方も同じ空を見ているのかしら、
 なんて思いセンチメンタルになっています。
 子供たちは毎日ケンカばかり、未佳は口がたつし、宏光は手が出ます。

8月7日
 あなたが旅立ってからというもの、毎日晴れの日が続いています。
 9時過ぎに電話があり、母が「久美ー、久美ー」と。もしも貴方からだと、私が先に出た方が、
 電話代が少なくて済むと言う母の心遣い。急いで受話器を取ったけれど、違った。残念。
 エアーズロック、行きましたか?

8月8日
 由佳が一瞬だけれど両手を離して立っていました。雨が冷やかし程度に降りました。
 今日はどこを走っていますか?。
 
8月12日
 宏光、昨日から発熱。39.4℃。食事もほとんど食べない。貝塚の兄の家族が午後、
 お盆帰省してきた。
 珍しくお昼頃に貴方の声。35~6℃の土地にいるとのこと。「暑い」「死にそうや」だって。
 エアーズロックで撮った写真のフィルムが巻けていなかったと残念そうな口調。もういちど
 行ってこようか…と言っていたけれど、「もう帰りたい」と冗談で言うもんで、
 私も「帰っといでよ」と。私は本気。


   …
次回「旅は情け」へ続きます